2024年03月17日
丹波川解禁は後山川
2024年3月15日 丹波川の解禁は最も近い後山川である。 岩魚は底にべったりで、引き出すのは難しかった。

丹波川解禁日は、四月の暖かさになるというので、岩魚の流れでも大丈夫、出てくる。 と考えて、後山川の沢に入ることにした。 7時前に到着したのだが、何と気温が-1℃であり、車が7台もある。 それよりも最悪なのは、解禁ということでウキウキして上着を忘れてきたことである。 暖かくなると云っても今は-1℃である。 最悪だ!耐えられるだろうか?

寒さに震えながら準備していると、さっきいた釣り人が目の前を通り過ぎていった。 まさか私が行く谷に行くことはなかろうと立ち上がって行方を見ると、ガッカリするほど思った通りの道を選ぶ。 見えなければ何ということもなく予定通りいくのだが、見てしまったからには別の流れにするしかない。 今更別と云う訳にもいかないので、足元から彼が釣り始めるであろうところまで釣ろう。


5.6 最初からきつい岩盤を登って釣り始める。 以前はこの辺りには山女もいたが、今では全く見なくなったということもあり、流れからは何の反応もない。 ならば、落ち込みの下の深場にいるに違いないと考えて、何とかして毛鉤を沈めてみれば咥えることもある。 数は少ないが岩魚はいるのだが、だいたい底べったりの感じなので難しいのだ。


そんな釣り方をすると難しさが増す。 岩魚は底で毛鉤を咥えても、移動することがないので、ラインが動かず竿を立てる時が分からないのである。 おそらく何度も、何度も咥えたのではないかと思うと未熟さを感じてしまうとともに、これはテンカラ釣りではないとも思う。 この時期は水面に出てくることはないので、仕方がないと諦めよう。


流れに水は少ないが高低差がある流れなので、ある程度の深場はたくさんある。 そこからは岩魚が出てくるのだが辺りがまだ暗くて、出てくる岩魚の色が分からない。 と云うか、この渓の岩魚には色がないのではなかろうか。 白い斑点が目立つものが多く、アメマス系、その昔養魚場育ち、そんな風に見えるのである。 昔の山葵栽培に際して耕作者が、おかず、酒の肴として魚(岩魚)を持ってきたに違いない。

暗かった谷に光が差し込み始めた。 もう少しで、今日の予定だった最終堰堤である。 やっと光かと、陽だまりで休めば、温かくて気持ちが良い。 何気なく巡視路を見れば、先行したはずの釣り人が下っていく。 きっと登魚尾滝、もしかするとその上の巡視路の端までしか釣っていないのである。 とすれば、ここから先は岩魚が出ないということか。 せっかく光の中での釣りになるというのに。


先行されていると思って、小さな淵でも徹底的に探る。 淵はどこも浅く小さくなっており、これは小菅川と同じである。 そんな場所に「これでもか!」と云うほど、「いい加減諦めろ!」と云われそうなくらい、毛鉤を落して岩魚を引き出す。 そうやってやっと引き出した岩魚は、少し色があるように見えた。 棲家とする場所の寒暖、日当たりが影響するのだろうか。


とうとう岩魚の反応が全くなくなった。 出てこなくなった流れを、竿を持ったままただ歩く。 岩場や岩盤は、竿を延ばしたままなのでとても怖く、いろいろ考えてしまい更に怖くなる。 登魚尾滝までやってくると、今度は戻りをどうしようかと考えてしまう。 滝の上へ行くには時間がない、登ってきた流れをその通り下るのはとても危険、斜面を登って比較的安全な巡視路で下るのか。

斜面を登るのも危険であるが、下るよりは耐えられると思ったが、この時期は斜面も危険だということを忘れていた。 滑ったらただじゃすまないと思いながら、時間をかけて登って巡視路を下る。 その巡視路には落ちが葉溜まり、場所によってはやっぱり滑ってしまう。 気が張っていたので汗をかいていることにも気付かないまま、平坦な路までやってきた。 そして、やっと落ち着ける林道に立った。














Posted by tenkara1nen at 18:00│Comments(0)
│後山川